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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)958号 判決

原告(反訴被告)

前田京子

ほか一名

被告(反訴原告)

河本日出夫

主文

一  原告(反訴被告)らと被告(反訴原告)間で、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告(反訴被告)ら各自の被告(反訴原告)に対する損害賠償債務は、金六七六万七九五三円及び内金六一一万七九五三円に対する昭和六三年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)らは、被告(反訴原告)に対し、各自、金六七六万七九五三円及び内金六一一万七九五三円に対する昭和六三年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)らのその余の各請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、これを一〇分し、その一を原告(反訴被告)らの、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の請求

一  原告(反訴被告)ら

原告(反訴被告。以下「原告」という)らと被告(反訴原告。以下「被告」という)間で、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告ら各自の被告に対する損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  被告

原告らは、被告に対し、各自、金七一三〇万一三六〇円及び内金二八八二万八〇二四円に対する昭和六三年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実など

1(本件事故の発生)

別紙交通事故目録記載のとおりの交通事故が発生した。

2(被告の受傷と治療経過)

被告は、本件事故によつて、頭部外傷、顔面打撲挫傷、口腔内損傷、舌挫創、頸部捻挫、四肢打撲挫創、右肘打撲傷等の傷害を受け(以下「本件受傷」という)、次のとおり入通院して治療を受けた。

(一)  小原病院 昭和六三年六月三日 入院(一日)

(二)  宮地病院

昭和六三年六月三日から同年一〇月八日まで 入院(一一八日)

同月九日から同月一三日まで 通院(実日数二日)

同月一四日から平成元年三月二九日まで 入院(一六七日)

同月三〇日以降現在まで通院中

(三)  神戸労災病院

昭和六三年七月八日から平成元年九月二〇日まで 通院(甲七号証の一)

同月二五日から同年一一月三〇日まで 入院(六七日)

その間の同年一〇月二日右肘部管症候群につき神経移行術施行(甲七号証の一・二・四)

同年一二月一日以降現在まで通院中

(四)  そのほか、寺内神経科診療所及び上田接骨院に通院

3(原告らの責任原因)

(一)  原告前田京子は、本件事故当時、原告車を所有していたから、自賠法三条に基づき、被告が同事故によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  原告前田高広(以下「原告高広」という)は、原告車の運転につき、対面の赤信号を無視した過失によつて本件事故を惹起したから、民法七〇九条に基づき、被告が同事故によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。

4(被告の既往症等)

(一)  被告は、小児期において、右肘を骨折したことがあつた。

(二)  被告は、昭和六二年三月一七日にも交通事故に遭い、外傷性頸椎症、右膝内側打撲傷、頭部打撲傷の傷害を受け、次のとおり通院して治療を受けたことがあつた(以下「前回事故」という)。

(1) 劉外科病院

昭和六二年三月一七、一八日(二日)

(2) 谷本外科

同月一九日から同年一二月一日まで(実日数一二一日)

(3) 西病院

昭和六三年一月一三日から同年四月二七日まで(実日数一〇日)

5(損害の填補)

被告は、これまでに、本件事故によつて被つた損害につき、次のとおり合計金二九九六万九一七五円の支払を受けた。

(一)  原告ら側からの既払金

(1) 内払金 金四三五万〇五五四円

(2) 治療費 合計金一二二万一〇七〇円

(小原病院分)金一五万五六七五円

(宮地病院分)金一〇四万〇八一五円

(上田接骨院分)金二万四五八〇円

(二)  労災保険からの支給金

(1) 休業補償費 金一二〇九万九五八五円

(2) 療養補償費 合計金一二二九万七九六六円

(宮地病院分)金八八八万五八二六円

(神戸労災病院分)金三四一万二一四〇円

二  争点

1  原告らは、本件事故によつて被告に生じた損害の費目及び金額について争うが、特に、被告の症状固定の有無・時期と後遺障害の内容及び程度については、次のとおり争いがある。

(被告の主張)

(一) 被告は、本件事故による右肘打撲傷等の傷害に基づき、右手骨関筋・小指球筋の萎縮、尺骨神経領域の知覚鈍麻及び右薬指・小指の鷲爪指変形等の後遺障害が残つたが、これら右肘部に関する後遺障害(以下「本件右肘障害」という)は後遺障害等級一一級九号(一手のひとさし指の用を廃したもの又は親指及びひとさし指以外の二の手指の用を廃したもの)に該当する。

(二) また、被告は、本件右肘障害のほか、頸部痛、頭痛、吐気、めまい等の症状(以下「本件神経症状」という)が続いており、現在に至るまで宮地病院等に通院して治療を継続しており、未だ症状固定には至つていない。

仮に、本件神経症状が症状固定に至つたとすれば、その時期は平成五年一月頃と考えられるが、本件神経症状は重篤なものであり、七級四号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当するというべきである。

(三) したがつて、被告の本件事故に基づく後遺障害は併合六級に相当する。

(原告らの反論)

(一) 被告主張の後遺障害のうち、本件右肘障害については、遅くとも平成四年九月頃には症状固定に至つており、神戸労災病院の藤原朗医師(以下「藤原医師」という)によれば、その頃には疼痛が消失し、右肘関節の動きも殆ど正常に回復したというのであるから、後遺障害の程度としては決して重篤なものとはいえない。

(二) また、本件神経症状については、遅くとも宮地病院を退院した平成元年三月末頃には症状固定に至つており、その後の治療継続は本件事故と因果関係がない。

2  前回事故等による既往症及び心因的要因の寄与

(原告らの主張)

(一) 被告は、前記のとおり小児期において右上腕骨外顆骨折をしたことがあり、その際の治療が不適切であつたため、右肘関節が仮関節状態になつて外反肘となり、尺骨神経が圧迫扁平化していたから、遅発性尺骨神経麻痺や右肘痛はいずれ発生するものであつたといわなければならず、本件右肘障害について、右既往症が寄与した割合は五割を下回ることはない。

(二) また、本件神経症状については、被告が前回事故後に訴えていた頭痛、頸部痛、思考力減退、健忘症、不眠等の後遺障害とその大半が一致しており、本件事故前から本件神経症状と同様の症状が存在したと考えられ、また、同事故後の入通院及び休業の長期化に伴う精神的負担等の心因的要因ないし自律神経失調症が寄与していると考えられるから、これらの既往症及び心因的要因が寄与した割合は五割を下回ることはないというべきである。

(被告の認否)

原告らの右主張はすべて争う。

3  過失相殺

(原告らの主張)

本件事故は、信号機による交通整理の行われている交差点内での出会頭の衝突事故であるところ、被告には、制限速度四〇キロメートルのところを時速約七〇キロメートルの速度で進行した上、原告車の進行方向に対する安全確認を怠つた過失があるから、被告の右過失割合は二割を下回らない。

(被告の反論)

本件事故は、原告高広が夜間赤信号を無視して本件交差点内に進入するという一方的過失によつて生じたものであつて、被告には原告ら主張のような過失はない。

第三当裁判所の判断

一  損害額の算定

1  治療費 合計金一三五七万六〇九六円

(一) 小原病院分(争いがない。原告ら側によつて填補ずみ。) 金一五万五六七五円

(二) 宮地病院分(争いがない。原告ら側と労災保険によつて填補ずみ。) 金九九二万六六四一円

(三) 神戸労災病院分(争いがない。労災保険によつて填補ずみ。) 金三四一万二一四〇円

(四) 上田接骨院分(争いがない。原告ら側によつて填補ずみ。) 金二万四五八〇円

(五) 寺内神経科診療所分(請求額金五万七七一〇円) 金五万七〇六〇円

原告らは、被告の寺内神経科診療所に対する通院治療と本件事故との間の因果関係を争うので、この点について判断する。

証拠(甲一〇号証、乙六号証の一ないし二八、七、八号証、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、被告(昭和二〇年九月一五日生。本件事故時、満四二歳)は、宮地病院における治療中、本件神経症状のほか、さらに不眠、耳鳴り、吃音、味覚障害等多様な症状を訴えたため、同病院の小川敏雄医師(以下「小川医師」という)の紹介に基づき、平成元年五月一〇日以降、寺内神経科診療所に通院するようになつたこと、そして、被告は、同診療所において、「頭部外傷後遺症、外傷后神経症」との診断名のもとに、投薬、カウンセリングや精神療法等の治療を受け、平成二年六月頃までの間の治療費及び投薬代として、合計金五万七〇六〇円を支出したことが認められる。

そして、証拠(乙一号証、小川医師の証言)によると、交通事故によつて頸部捻挫等の傷害を受けた被害者において、症状が長期化ないし難治化した場合には多様な神経症状を来し、被告の場合と同様の症状を訴える症例のあることが認められる。

以上の各事実を総合すると、前記症状を訴えていた被告については神経科における治療の必要性を肯認し得るから、寺内神経科診療所に対する受診及びこれに伴う前記治療費及び投薬代合計金五万七〇六〇円の支出は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(六) なお、以上の治療費中には、後記4で検討する症状固定時期以降の治療費が一部含まれていることになるが、被告の本件事故に基づく重篤な受傷及び後遺障害の内容に照らして考えると、被告には症状固定後しばらくの間はなお治療の必要があつたと認められるから、右治療費についても、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

2  入院雑費(請求額金四二万一五〇〇円) 金四二万一二〇〇円

被告が本件受傷の治療のため合計三五二日間にわたつて入院したことは前記判示のとおりであるところ、本件受傷の内容及び程度、症状の具体的内容等に照らすと、一日当たりの入院雑費の額は金一二〇〇円の割合が相当であるが、被告は本訴において三五一日分の入院雑費を損害として請求するにとどまるから、合計金四二万一二〇〇円の限度で認容するのが相当である。

3  通院交通費(請求額金一四万九〇七〇円) 金一四万〇七六〇円

被告が神戸労災病院において右肘部の神経移行術を受ける前後において同病院に通院したことは前記判示のとおりであり、また、証拠(甲七号証の一ないし四、一二ないし一四号証、一七号証、乙五号証、藤原医師の証言、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、被告は、昭和六三年七月八日以降、小川医師の紹介に基づき、神戸労災病院に通院するようになり、平成元年一〇月八日の前記手術を経て同病院を退院した後は、一週間にほぼ一日くらいの割合で(ただし、平成四年初め頃以降は右通院割合がやや減少。)、右肘部のリハビリ等のために同病院に通院し、これによつて右肘痛等が徐々に改善していつたこと、そして、神戸労災病院に対する通院実日数は、平成五年六月頃までで同病院のカルテの記載上合計一五三日に及ぶこと、また、被告の右通院に際しては、一往復当たり合計金九二〇円のバス及び電車代を要したことが認められる。

右認定の事実関係に基づくと、被告の神戸労災病院に対する右期間中の通院交通費は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるところ、以上の事実に基づいて計算すると、合計金一四万〇七六〇円となる。

なお、被告の宮地病院等に対する通院交通費に関しては、本件証拠上、その単価等を認めるに足りる証拠が全く存在しないから、これを肯認することはできない。

4  休業損害(請求額金一六六二万三七五〇円) 金一五七一万七〇〇〇円

(一) 被告は、本件受傷のため、本件事故の翌日である昭和六三年六月四日から平成四年一二月四日までの五五か月間にわたつて、タクシー運転手としての勤務ができず、休業を余儀なくされたとして、一日当たりの給与金一万〇〇七五円の割合によつて合計金一六六二万三七五〇円の休業損害を請求する。

(二) そこで、検討するに、これまでに判示した事実と証拠(甲七号証の一ないし四、九号証の一ないし三、一一ないし一四号証、一五号証の一・二、一六ないし一八号証、乙二号証、藤原医師及び小川医師の各証言、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、宮地病院入院中、右肘部の電撃痛、疼痛が顕著であつたが、次第に本件神経症状が現れるに至つたこと、被告は、これら症状の治療のため、前記判示のとおり長期間にわたつて入通院を余儀なくされ、神姫タクシー株式会社においてタクシー運転手としての勤務ができず、給与の支給を受けられなかつたこと、被告は、現在に至るまで就労していないこと、ところで、藤原医師は、被告の本件右肘障害について、平成四年九月頃には右肘の動きや痛みが改善されたため、症状固定に至つたと判断していること、また、小川医師は、平成五年四月一九日の本件証拠調期日の時点において、被告の本件神経症状について、平成元年三月頃には多様な症状が出揃い、症状の変化がみられなくなつたため、同月二九日をもつて被告を退院させたが、右退院後においても右症状はさほど改善されず、現在に至るまで通院治療を続けているものの、既に、治療を行えばそのときだけ症状が緩和されて楽になるというようないわゆる対症的療法の段階に至つている旨述べていること、また、被告は、本件事故前三か月間において、前記勤務先会社から一日当たり平均金一万〇〇七五円の給与を得ていたことが認められる。

(三) 右認定の事実関係に基づくと、被告の本件事故による後遺障害については、本件右肘障害及び本件神経症状を全体的にみて、平成四年九月末(本件事故後約四年三か月経過)をもつて症状固定に至つたと認めるのが相当である。それゆえ、これに反する被告の主張は採用し難い。

したがつて、被告主張の休業損害の算定については、昭和六三年六月から平成四年九月までの五二か月間にわたつて、一日当たり金一万〇〇七五円の割合によつて算定するのが相当である。そして、被告の同年一〇月以降の不就労に関しては、後記6の後遺障害による逸失利益の項において判断し、評価するのが相当である。

そこで、以上に基づき、被告の休業損害額を計算すると、次の算式のとおり、合計金一五七一万七〇〇〇円となる。

一万〇〇七五(円)×三〇×五二=一五七一万七〇〇〇(円)

5  賞与不支給 金二六一万四〇〇〇円

証拠(乙三、四号証、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、被告は、前記休業のため、前記勤務先会社から、平成元年夏季分から平成四年夏季分までについて合計金二六一万四〇〇〇円の賞与の支給を受けられなかつたことが認められる。

6  後遺障害による逸失利益(請求額金四六四三万四三三〇円) 金一六四三万八二〇五円

(一) 本件右肘障害について

被告が本件事故後右肘部に強い痛みを訴え、平成元年一〇月二日神戸労災病院において神経移行術を受けたこと、そして、被告の右肘部に関する症状は平成四年九月末に固定したと判断すべきことはこれまでに判示したとおりである。

また、証拠(甲七号証の一ないし四、一二ないし一四号証、一七号証、藤原医師の証言、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、被告は、右症状固定時において、右手骨関筋・小指球筋の萎縮、尺骨神経領域の知覚鈍麻及び右薬指・小指の鷲爪指変形等右肘部管症候群の後遺障害(本件右肘障害)が残つたこと、そして、右薬指及び小指については、近位指間関節の伸展運動に関し、いずれも運動可能領域が健(左手指)側の運動領域の二分の一以下に制限されていること(甲一七号証。なお、労災保険関係の「障害等級認定基準」[昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号]参照。)が認められ、また、右肘の動きや痛みが改善されていることは前記判示のとおりである。

以上の各事実を総合すると、被告の本件右肘障害は、後遺障害等級一一級九号(一手のひとさし指の用を廃したもの又は親指及びひとさし指以外の二の手指の用を廃したもの)に該当すると認めるのが相当である。

(二) 本件神経症状について

次に、被告が本件事故によつて頸部捻挫等の傷害を受け、宮地病院入院中から本件神経症状を訴えるようになり、さらに不眠、耳鳴り、吃音、味覚障害等の症状が現れ、精神面での療法の必要性から、寺内神経科診療所を受診し、「頭部外傷後遺症、外傷后神経症」と診断されたこと、被告の右症状は、その後、平成元年三月頃から変化がなくなり、治療内容が対症的治療に至つていることは前記判示のとおりである。

また、証拠(甲九号証の一ないし三、一一号証、一五号証の一・二、一六、一八号証、乙一号証、小川医師の証言、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、小川医師は、被告に対し頭、頸部のレントゲン写真、CTスキヤン検査及び脳波検査を実施したが、いずれも異常所見はみられなかつたこと、被告の本件神経症状については、現在、頭痛、頸部痛、めまい、不眠、吃音、ふらつき等の自律神経失調症様の症状が中心であり、小川医師は、理学療法を中心とする治療を続けているが、被告の右症状に関しては症状の難治化及び就労不能の長期化等を苦慮するなどの精神的負担が影響しており、その方面からの適切な治療か必要であると判断していること、そして、小川医師は、被告の現在の症状をみる限り、現時点で職業運転手として復職することは困難であると考えていることが認められる。

以上の各事実を総合すると、被告の訴える本件神経症状は、医学的な他覚所見に乏しく、いわゆるむちうち事故に起因する外傷性頸部症候群ないし神経症の範囲にとどまると考えられるから、労働能力に対する影響に関しては、後遺障害等級一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当すると認めるのが相当である。

この点につき、被告は、本件神経症状は七級四号に該当する旨主張するが、これまでの認定説示に照らして考えると、同等級に該当すると認めるに足りるだけの医学的な他覚所見は存在しないというほかなく、直ちに右主張を肯認することはできない。

(三) 以上によると、被告の本件事故に基づく後遺障害は、全体として併合一〇級に該当するというべきところ、前記後遺障害の内容及び程度のほか、いわゆる労働能力喪失率表等を総合して考えると、被告は、前記症状固定時である平成四年九月末において満四七歳であつたから、右後遺障害のため、その後労働可能な満六七歳までの二〇年間にわたつて、その労働能力を二七パーセント喪失したと認めるのが相当である。

(四) そこで、前記4でみた一日当たりの給与金一万〇〇七五円と前記5でみた平成三年夏季分及び同冬季分の賞与実績合計金七九万四〇〇〇円を合算した金額を被告の基礎年収額とした上、中間利息の控除について新ホフマン方式を用いて、以上の認定説示に基づき、後遺障害による逸失利益の現価額を算定すると、次の算式のとおり、金一六四三万八二〇五円となる(円未満切捨て。以下同じ)。

(一万〇〇七五(円)×三六五+七九万四〇〇〇(円)×〇・二七×一三・六一六=一六四三万八二〇五(円)

7  慰謝料(請求額合計一四三〇万円) 合計金七七〇万円

これまでに認定説示した被告の本件受傷の内容及び程度、入通院期間、治療経過等を総合して考えると、入通院慰謝料としては、金三二〇万円が相当であり、また、前記後遺障害の内容及び程度、その症状固定時期、現在の生活状況等を総合して考えると、後遺障害による慰謝料としては、金四五〇万円が相当である。

8  損害額の小計 合計金五六六〇万七二六一円

二  前回事故等による既往症及び心因的要因の寄与

1  原告らは、被告の前記症状及び後遺障害について、小児期における右上腕骨外顆骨折の治療不良に基づく右肘部の疾患と前回事故に基づく後遺障害等が既往症として寄与しており、さらに心因的要因ないし自律神経失調症も寄与している旨主張するので、この点について判断する。

2(一)  まず、一般に、交通事故の被害者が罹患していた疾患や心因的要因が損害の発生ないし拡大に寄与した場合、損害額の算定に当たつては、損害の公平な分担の見地から、民法七二二条二項の規定を類推適用してこれを斟酌することができると解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷昭和六三年四月二一日判決・民集四二巻四号一四三頁、同第一小法廷平成四年六月二五日判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。

(二)  次に、被告が小児期において右肘を骨折したこと、その後、昭和六二年三月一七日に前回事故に遭い、外傷性頸椎症、右膝内側打撲傷、頭部打撲傷の傷害を受けたことは前記判示のとおりである。

そして、右事実と証拠(甲二号証中の被告の各供述調書、三ないし六号証、七号証の一ないし四、八号証、九号証の一ないし三、一一ないし一三号証、乙一号証検甲八ないし一一号証、藤原医師及び小川医師の各証言、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、三歳頃、右上腕骨外顆骨折をしたが、その際には接骨院に通つた程度で手術等の治療を受けなかつたため、右肘が外反変形(二五度程度)となり、仮(偽)関節状態になつたこと、被告は、高校卒業後、工員や運送業、港湾作業等の仕事をし、さらに本件事故前約六年間くらいはタクシー運転手をしていたが、その間において右肘の動き等について特に支障を感ずることはなかつたこと、もっとも、前記神経移行術を施行した藤原医師は、右手術の際、被告の右肘部につき、皮下にかなりの瘢痕形成がみられ、尺骨神経が肘部管内で圧排され、通常の場合の約二分の一の細さに扁平化していることを認めたが、右のうち、尺骨神経が細く扁平化していた点に関しては肘部管症候群の他の症例とは異なると判断していること、そして、医学教科書的には、一般に、外反肘の患者については遅発性尺骨神経麻痺の生ずる場合があるとされているが、それだけでは被告の場合のように強い疼痛が生ずることはないとされていること、また、被告は、前回事故の際、前記傷害を受け、昭和六三年四月下旬まで西病院等に通院して治療を受け、同年五月(本件事故の約一か月前)には、同病院において、頭痛、頸部痛、思考力減退、健忘症、不眠等の症状を残して固定した旨の後遺障害診断書が作成されたこと、そして、被告の訴える本件神経症状は、前回事故による右内容の後遺障害と重なり合うところが多いことが認められ、また、小川医師が被告の本件神経症状につき症状の難治化及び就労不能の長期化等を苦慮するなどの精神的負担が影響していると判断していることは前記判示のとおりである。

(三)  以上の事実関係に基づくと、本件受傷(特に、頭部外傷、頸部捻挫及び右肘打撲傷)後に生じた本件右肘障害及び本件神経症状については、小児期の右上腕骨外顆骨折による外反変形及びこれに伴う尺骨神経への影響と前回事故に基づく後遺障害並びに心因的要因が右症状の長期化ないし難治化に寄与したと認めるのが相当である。

そして、これまでに認定説示した本件右肘障害及び本件神経症状の内容や被告の前記既往症等の内容、さらに本件事故前には通常の仕事を行い得たこと等を総合して考えると、被告の右既往症等が寄与した割合はこれを二五パーセントと認めるのが相当である。

それゆえ、原告らの前記主張は右の限度で理由がある。

3  そこで、一項8の損害額金五六六〇万七二六一円から、右割合に基づいて減額すると、被告の損害額は金四二四五万五四四五円となる。

三  過失相殺

1  本件事故発生に関する前記判示の事実と証拠(甲一、二号証、被告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 本件交差点は、中央分離帯の設けられた東西道路(市道中央幹線。西行車道は四車線で、総幅員は一五・二メートルであり、同交差点以西は西行一方通行になつている。)と幅員一二・一メートルの南北道路(北行一方通行の車道)が交差する、信号機による交通整理の行われている交差点である。

そして、本件交差点は、JR元町駅に近接した商店街内に位置し、交通量は普通であり、制限速度は時速四〇キロメートルとされている。

また本件事故当日(昭和六三年六月三日)午前零時五〇分頃においては、降雨のため、アスフアルト舗装の路上は濡れていた。

(二) 被告は、その頃、女性客二名を乗せて、被告車を運転し、前記西行車道第三車線上を西進し、青信号に従い、時速約七〇キロメートルの速度で本件交差点内を直進、通過しようとした。

(三) 一方、原告高広は、その頃、原告車を運転して南北道路を北進中、時速約四〇キロメートルの速度で本件交差点に差しかかつた際、対面信号が赤色表示であつたにもかかわらず、これを看過したため、同交差点内に進入した直後、右前方約二〇・二メートルの地点に至つて初めて被告車を発見し、あわてて急制動の措置を講じたものの間に合わず、同交差点中央において、原告車前部を被告車左側部に衝突させた。

(四) 被告は、右衝突直前において原告車との衝突を避けようとして、急制動の措置を講じたものの間に合わず、被告車は、右衝突後、本件交差点北西角の緑栽帯(花壇)に乗り上げて停車し、大破した。

そして、被告は、本件事故の衝撃によつて、被告車のフロントガラスに頭、顔面部を強打するとともに、四肢を打撲した。

(五) なお、本件事故当時、本件交差点付近は夜間照明によつて明るく、雨が降つていたものの、原告車及び被告車双方の前方及び対面信号に対する見通しはいずれも良かつたが、原告車と被告車相互の間においては、同交差点南東角に緑栽帯が存在していた。

2  右認定の事実関係に基づくと、本件事故は原告高広の赤信号無視によつて惹起されたといわなければならないが、被告車の進行速度が制限速度を約三〇キロメートルも上回るものであつたことが本件事故を重大なものにし、被告の重篤な受傷及び後遺障害をもたらしたと考えられるから、被告の右制限速度違反の過失は、主として損害の拡大の点において寄与したと認めざるを得ないというべきである。

この点に関し、被告は、本件事故発生の時刻において、本件交差点付近を制限速度を守つて進行する車両はなく、被告車の進行速度が何キロメートルであつたとしても本件事故発生を防ぐことはできなかつた旨供述するが、以上の認定説示のとおり、被告の右供述部分は当裁判所の採用するところではない。

3  そして、前記認定にかかる本件事故発生の状況、原告高広の過失の内容、本件交差点の状況及び見通し状況、原告車及び被告車の進行速度等を総合して考えると、被告の過失割合はこれを一五パーセントと認めるのが相当である。

4  そこで、二項3の損害額金四二四五万五四四五円から、右割合に基づいて過失相殺を行うと、被告の損害額は金三六〇八万七一二八円となる。

四  損益相殺

被告がこれまでに本件事故による損害の填補として原告ら側及び労災保険から合計金二九九六万九一七五円の支払を受けたことは前記判示のとおりであるから、前項の損害額からこれを控除すると、被告の損害額は金六一一万七九五三円となる。

五  弁護士費用 金六五万円

本件事案の内容、訴訟の審理経過及び右認容額等によると、本件事故と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用の額は、金六五万円が相当である。

六  以上によると、被告は、原告ら各自に対し、金六七六万七九五三円及び内金六一一万七九五三円に対する本件事故当日である昭和六三年六月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。

したがつて、原告らの本訴各請求及び被告の反訴請求はそれぞれ右の限度で理由がある。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

交通事故目録

日時 昭和六三年六月三日午前零時五〇分頃

場所 神戸市中央区元町通一丁目一一番一三号先交差点(以下「本件交差点」という)内

加害車 原告前田高広運転にかかる普通乗用自動車(以下「原告車」という)

被害車 被告運転にかかるタクシー(以下「被告車」という)

態様 本件交差点内における出会頭衝突

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